続☆メンデルスゾーンのはなうた

アマチュアvn弾きの雑記。ピアノと水泳も。

四年前の父の気持ちを思い遣りながら弾くショパン・ノクターン「遺作」

父が亡くなってから今日まで、ほぼほぼ連日、手続き関連の人が自宅に訪れ、逆に私が外に出かけていったり、または、あちこちに電話連絡をしてきたが、今日、初めて一日だけ、父関連の約束事が何もない日が出現した。

 

明日からは、屋根と外壁工事が始まるので、早朝から足場が組まれ、人の出入りや工事の音で、再び気持ち休まらない日々が続くだろう。

 

先週から、スイミングを再開したので、昨日も今日も、約1000m泳いできたが、まだ楽器(ヴァイオリンとピアノ)に、触れる気力が湧かなかった。

 

でも、今日はせっかく、「ぽっかり」と空いた一日になったので、(8月24日、先生のご自宅で行われたピアノ勉強会以来)約一か月ぶりで、ピアノを弾いてみた。

10月からのレッスンでは、ベートーベンを弾く予定で、すでに楽譜も揃えているが、今日、弾いたのは、ショパンノクターン20番(遺作)。なんとなく、まだ、ベートーベンを練習する気分にはなれない。

 

四年前の九月、母が亡くなった時、父はしばらくの間、ずっとショパンを聴き続けていた。父の部屋や車運転の際に、結構な大音量で聴いていた姿が浮かび上がる。

当時、母を失った父の心境に、ショパンの旋律が寄り添っていたのだろう。淋しかったんだろうなぁ・・・。

 

あの時は、父が、母に関連する手続きを、全てやってくれていたおかげで、私は早々に、ヴァイオリンのレッスンに復帰できた。今回は、(当然のことだけれど)私が父に関する全ての手続きをしているので、四年前と同じようなわけにはいかない。

 

四十九日法要までの間、父の遺骨が置いてある祭壇は、応接間にあるピアノの、ちょうど右横にある。意図して「弔おう」と思って弾いているわけではなかったが、なんとなく、今、私は右真横にいる「父」に向かって、ショパンノクターン(遺作)を弾いて聴いてもらう形になっていることに、気がついた。

 

しばらくの間、父の横で、この「遺作」を練習しよう。四年前、母を亡くした時の、父の気持ちを思い遣りながら。ピアノが弾けて良かった・・・。今日、練習しながら、心からそう思った。