続☆メンデルスゾーンのはなうた

アマチュアvn弾きの雑記。ピアノと水泳も。

免許と鍵の問題再び

82才の父。先月28日に外出先で意識消失して、救急搬送されることがなかったら、今でも車を運転していることは間違いない。怖ろしいことに、先月倒れるまで、「俺は90才まで運転したい。」と言っていたからだ。高齢者の大事故のニュースが連日放送されるのを観ていても、自分の身にはそのようなことが起こるはずがない、大丈夫だ、と。

 

しかし、さすがに倒れてからは、運転するとは言わなくなった。運転免許と車の鍵(本鍵と予備の小さなもの)を、私は確かに父から「預かった」。「取り上げる」のではなく、「預かる」ので、必要なときには、ひと声かけてほしい、免許と鍵を持ってきて、車にも同乗するから、と。

 

そのように話し合って、預かった免許と鍵だったが・・・。

 

私はそれらを「隠す」こともできたが、多少の「うしろめたさ」もあったので、とある場所の引き出しに、父の免許と車の鍵をしまっておいた。数日前のことだ。

 

今日、外出先から帰宅して(父が倒れてから今日まで色々と生活に変化があったので、疲労がたまっていたため、針と整体に行った)身体を休めていた私に、娘が不安そうな表情で教えてくれた。

 

「おじいちゃん、応接間で私とすれ違った時に、車の鍵みたいなのを持っていた・・・。もしかしたら、乗ったかも?」

 

げっ!と慌ててとある場所の引き出しを開けてみると、

「ない!!!」

免許証と、二つの鍵がキレイに消えていた。

 

それからが大変だった。父のところに行って、(休日だったので、)ほぼ家族総出で説得に入った。まぁ、説得したのは、ほぼ実の娘の私で、ほかの家族は交代で心配そうに見守るといった形。

 

腹の底から声を出しての、必死の説得だったので、父が、ようやく再び、免許と鍵の場所を、私に明け渡した時、私は、頭がクラクラな状態だった。またしても、あの眩暈が発症しそうな、非常に嫌な予感と浮遊感に襲われた。アイスノンで後頭部を冷やし、一時間ほど、ぐったりと寝ていた。

 

長年運転をしてきた高齢者(特に男性)から、免許と車の鍵を渡してもらうのは、非常に難しい。ましてや、「自主返納」など期待できない。それぞれの事情もあるだろう。今日、そのことを、身を以て痛感した。私の父の場合は、比較的に便利な場所に住んではいるが、それでも、父にとって免許と鍵を諦めることは、「自由」を失い、「死ぬことにも等しい」と泣かれた。

 

しかし、運転中に先月のような意識消失をされたら、と思うと鳥肌が立つほど恐ろしい。父は運転しなくなって、行動範囲が狭くなり、ぼけてしまうだろうか・・・。

たとえ、父がそうなったとしても、人様を巻きこむ大事故を起こす可能性を考えると、そうするより他にないと思える・・・。

 

自分が高齢者になった時はどうだろう?私自身、かなり運転をしてきたし、これから先も必要に迫られているので(好き嫌いに関係なく)運転はする。

ただ、父のように運転と免許に「執着」していたくない、「しがみついて」いたくない、と今日、父の「哀れ」な姿を見てい感じた。父は「哀れ」だった。その姿に胸が痛んだ。父に対して、申し訳なさも感じた。でも、やはり・・・

 

私が父の年齢になるころは、自動操縦車になっているだろう。もし、そうなっていなくても、自分は75才で返納しようと思う。免許返納と車の運転問題で、娘や息子を悩ませたていたくない。高齢者になるまでには、生活範囲の半径を小さくしていく。それに満足し、やりくりできるようにしていく、等々。